つけの つぶやき

舞台の話を気ままに。

2番手退団が地雷だ。

この記事が 便乗記事になる前に 自分の気持ちを表しておきたい。

あわよくば こんな記事に共感を得ることのない世界になってほしい。

 

そして当たり前だが これは私の意見であり 総意では無いことを十分頭に入れてこれから読んでほしい。

 

 

 

私は 宝塚の2番手退団が地雷だ。

退団を好きな人なんていないだろうが、 もしそのような事がこれからあるとしたら

一生その当時の理事長を許さないと思う。

 

私は3人、1推しが決められないほど好きな元タカラジェンヌがいる。

その中の1人に 2番手退団者がいる。

退団された数年後にファンになったが

ファンになった時の 憂鬱さと絶望は計り知れないほどであった。

勿論、2番手退団が悲しいというのもある。

実際、その方が辞められた次の公演でトップが退団した。 あと少しだったのに! という気持ち悪さからくるものもあるのかもしれない

 

が。

私は それよりも 地雷な理由がある。

それは 根本的な理由は

宝塚ファン

だ。

昔も今も変わらないだろうが 退団発表があると

どの組推しファンであっても 退団発表に驚き、嘆くものだろう。

私は その方のファンになった時、色々な宝塚ファンのその方の退団についてのブログ記事を読み漁る時期があった。

本当はするべきでは無かったし 今でも後悔している。

 

色んなブログ記事を見ると

勿論、退団を嘆いているが

100周年を見据えた時期でもあったため、

色々な解釈を持ち、退団を仕方ないとする意見もあった。

正直 めちゃくちゃしんどかった。

 

 「確かに 2番手になった時頃から どんどん〇〇らしさが消えてきたよね。」

「〇〇が下にいたし □□な事あったし 薄々気づいてた」

「地味すぎるしなあー。」

そんな宝塚ファンの反応を見て 私は初めて 贔屓に対してマイナスな感情を抱いてしまった。

しょうがない。 ダメなんだ。 ホントは...

とか。 ここには言えないどす黒い感情を抱いた。

なんで。 どうしたら回避できたのか。 もし...だったら。 頭の中でぐるぐるとその事でいっぱいになった。

退団は自分の意思としてするものだ。と分かってはいるのに

色々なものを見ていても 2番手退団の事が頭をよぎり 心の底から楽しめなくなった。

けれど ある時 ある無料雑誌で

「私、桜の季節に退団したかったんです。」と話している贔屓の言葉を見つけた時

初めてストンと退団が心に落ちたのだ。

好きになってから1年がたっていた。

今では 全く宝塚時代の贔屓に未練はない。

勿論 「トップお披露目」と書かれた贔屓が表紙のDVDを 購入してみたかったけど、今の贔屓の方がもっと好きだから 全然買えなくて大丈夫。

 

これからの宝塚ファンに願うことは

もし 今後そのようなことが起きたら

 

出来なかった理由をジェンヌさんに押し付けるのはやめて欲しい。 という事だ。

 

歌が下手だから。ダンスが弱いから。

華がないから。 人気がないから。運がないから

理由なんていくらでも付けれらるのだ。

だけど 結局は劇団側の長期的な計画性の無さが原因であり、ジェンヌに原因はない。

 

そして、2番手退団を 過去の悪い出来事としないでほしい。

贔屓は幸せに退団した。 決して悪いドロドロした感情を持たずに退団した。(と思っている。)

 

私は 今の贔屓が大好きなのだ。

もし トップになっていたら 違った道だったかもしれない。 あの時期の退団だからこそ今の贔屓がいる。

そう思うと あの時期の退団も悪くないな。と思う。

だから 番手の付かなかったジェンヌさんと同じく、普通の退団なのだ。 ジェンヌさんにとっては。

 

前向きに言ったけれど、そうせざるを得なかった 2番手退団を許すわけでなはい。劇団側には これからもジェンヌさんの努力を踏みにじらない人事をしてほしい。好み云々を除いて多くの人にとって最善となる人事であるべきだと考える。

2番手退団は決していい気持ちになるものではない。 現に贔屓が退団した時の理事長の事は一生許さないと思う。

 

退団後にファンになった私でさえ こんなに葛藤したのだ。

リアルタイムでファンだった人はさらに葛藤されたと思う。 本当に尊敬する。私なら 絶対心が折れる。ボキボキだ。

 

何度も言うけど 本当に今の贔屓が大好きでしょうがない。 柔らかな笑顔や変わらぬうつくしさ ほんわかな喋り方。 全てが好きだ。

これからも何かない限りはずっとずっと大好きでい続けると思う。 

 

最後に ついでに言うと、

もし 退団したジェンヌさんのファンになったのなら

絶対 そのジェンヌファンの方のブログ見るべきでないと思う。

「見たかった」「後追いなのにファンでいいのか」とか マイナスな気持ちにしかならない。

当時から贔屓に全力を尽くされている様子がひしひしと伝わる文章を見て、映像でしかその人の姿を知らない事に自分は応援していいのか?ファンでいていいのか?と感じるかもしれないが それも運命なのだ。 

''思い出''がない分、現役時代からのファンとの壁を感じてしまうかもしれないが ''想い''があるなら充分ファンであると思う。

偉そうに言う私も そう割り切るのに1年以上かかった。 生で贔屓を見るまで。

強く生きよう!!!

 

 

(この話が 他のジェンヌさんのファンに共感される事がありませんように。

多くの人が悪しき黒い感情に支配されながら 宝塚を見なければいけないような事が これからも起きませんように。)